「心に残りゆくもの」の姿
「心に残りゆくもの」。それは私にとって常に「希望」です。「心に残りゆくもの」。
それを私は、日々、毎日を見つめ、方向を定め、歩みを進めて変化してゆくもの、日々新たに更新し続けるものであると近頃考えています。だから、ただ過去に見た光景を思い出のアルバムに残そう、というような意味での”残りゆくもの”とは違うように思っています。またその日そのときの感情をそのまま叩きつけたり記録するという、何か傷つけたり傷を負うというような”残りゆくもの”とも違うと思っています。私にとってそれらのことは、人が生きる上で “当たり前”のことであり “制作活動”にはならないのです。
私が形にしたいと願う「心に残りゆくもの」とは、そういう意味で、「予期せぬ未来や未だ知られざる明日」があるからこそ・・・未来が全ては分からないからこそ見出せる「希望」と言えるのかもしれません。
気付いてゆくこと
迷いも不安も、喜びも悲しみも、予感も何らかの期待も、白も黒も混沌も、そういうようなことが全て含まれた大海のような場所で、私は日々「問い」を作り出しています。
”光が問い、影が語る。それは何?”
”終わりは終わりだけで独立してあるものではなく、始まりの延長にある。それは何処へ向かう?”
”絶望の辿り着く先はひとつでも、希望の行く先はひとつではない。それは、何故?”
わからないことをわからないままにしておくと、いつしか目の前の水たまりは淀んでいることがあるような気がします。闇雲に心をざわつかせるのではなく、心に打ち寄せる波を見つめていたいという思いがあります。
光が問い、影が語る
日々、心に残りゆくものがあり、映りゆくものがあり、語りかけるものがある。そういったものを捉えようとするとき、日常にある光と影の織り成す光景には、目の前にある道を歩いてゆこう、走り出してみよう、と思わせるものがきちんと存在していると思えたのでした。ささやかに、力強く。
About my theme
心に残りゆくもの

光が問い、影が語る。心に残りゆくもの。それは私にとって、常に日々の歩みの中で見つけてゆく「希望」の光景。「予期せぬ未来や未だ知られざる明日」に向けて、毎日を見つめ、方向を定め、歩みを進めて変化し、日々更新し続けてゆく希望の姿。それが、日々、心に残りゆく光景。
About me
「詩人は、自分の悲しみを言葉で誇張して見せるのでもなければ、飾り立てて見せるのでもない。一輪の花に美しい姿がある様に、放って置けば消えて了う、取るに足らぬ小さな自分の悲しみにも、これを粗末に扱わず、はっきり見定めれば、美しい姿のあることを知っている人です。悲しみの歌は、詩人が、心の眼で見た悲しみの姿なのです。これを読んで、感動する人は、まるで、自分の悲しみを歌って貰ったような気持ちになるでしょう。悲しい気持ちに誘われるでしょうが、もうその悲しみは、不断の生活のなかで悲しみ、心が乱れ、涙を流し、苦しい思いをする。その悲しみとは違うでしょう。悲しみの安らかな、静かな姿を感じるでしょう。そして、詩人は、どういう風に、悲しみに打ち勝つかを合点するでしょう。」(小林秀雄『美を求める心』より)

石居麻耶 Maya Ishii
1978年生まれ。千葉県出身。アーティスト。画家。イラストレーター。東京芸術大学大学院美術学部デザイン専攻描画造形研究室修了。大学卒業後の個展やグループ展等の展覧会やホームページ、ブログで発表した作品をきっかけに、本の装画、その他テレビ、新聞連載のイラストなどの仕事を担当するようになる。
現在は、個展等での作品発表を中心に活動しながら、イラストの仕事も表現方法のひとつとして行っている。
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